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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1545号 決定 1994年8月10日

債権者

新谷完次

債権者

木下邦夫

債権者

金谷晴雄

債権者ら代理人弁護士

河村武信

岩田研二郎

梅田章二

脇山拓

豊川義明

鎌田幸夫

坂本団

小林徹也

河原林昌樹

武田純

債務者

東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

須田寛

債務者代理人弁護士

原井龍一郎

吉村修

小原正敏

田中宏

西出智幸

小林和弘

主文

一  債務者が債権者新谷完次及び債権者金谷晴雄に対してなした別紙「出向命令」記載の各出向命令の効力を仮に停止する。

二  債権者木下邦夫の申立てを却下する。

三  申立費用は、債務者に生じた費用の三分の一と債権者木下邦夫に生じた費用を債権者木下邦夫の負担とし、債務者に生じたその余の費用と債権者新谷完次及び債権者金谷晴雄に生じた費用を債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者ら

1  債務者が債権者らに対してなした別紙「出向命令」記載の各出向命令の効力を仮に停止する。

2  申立費用は債務者の負担とする。

二  債務者

1  本件申立てをいずれも却下する。

2  申立費用は債権者らの負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者

債務者は、日本国有鉄道改革法ならびに旅客鉄道株式会社および日本貨物鉄道株式会社に関する法律に基づき、昭和六二年四月一日に設立された会社で、国鉄の東海地域を中心とする鉄道事業及び東海道新幹線の輸送事業を国鉄から承継している。

債務者は、東海道新幹線の輸送業務の統轄機構として新幹線鉄道事業本部を置き、同年一〇月一日以降その下に関西支社を置いて、各現業機関を統轄している。

現業機関としては、駅、車掌所、運転所、車両所、保線所などが置かれている。

債権者らは、国鉄時代から、現在の職場に勤務していたが、いわゆる国鉄の分割民営化に伴い、昭和六二年三月三一日をもって国鉄を退職し、同年四月一日以降債務者に勤務している。債権者らの、国鉄入社年月日、勤務場所、業務内容は、別紙「経歴一覧表」(略)記載のとおりである。

債権者らは、いずれも国鉄入社以来国鉄労働組合(以下「国労」という。)に所属し、現在も国労近畿地方本部新幹線支部の各分会(大阪運輸分会、大阪車掌所分会)に所属している。

なお、債権者新谷は、五五歳(昭和一三年八月一六日生)、債権者木下は、五八歳(昭和一一年六月二〇日生)、債権者金谷は、五四歳(昭和一五年一月一八日生)である。

2  本件出向命令に至る経緯

債務者は、国労との間において、平成二年三月二八日、六〇歳定年制実施に伴う在職条件につき、以下の内容の協定を締結した(以下「定年協定」という)。

(1) 五四歳に達した日以降の人事運用については、原則として出向するものとする。

(2) 五五歳に達した日以降の基本給は、従前の基本給の八五パーセントとする。

債務者は、債権者らに対し、平成六年五月一八日付書面により、別紙「出向命令」(略)記載の各出向命令をなした(以下「本件出向命令」という)。

二  債権者らの主張

1  本件出向命令の性格

本件出向命令は、従前の在籍出向と異なり、出向期間の定めがなく、定年退職時まで出向させるというものであり、人事整理の意味を持ち、退職出向と目すべきものであって、復職を前提とする一般的な出向とは性質を異にしている。

したがって、本件出向命令をなすには、債権者らの個別的同意が必要であり、仮に、採用時の同意で足りるにしても、出向先の特定は必要である。

加えて、債権者らが本件出向命令により受ける不利益は、別紙「主張対比表」(略)の債権者ら主張のとおりであり、職種面、経済面、精神面のいずれにおいても深刻である。

したがって、本件出向命令をなすには、債権者らの個別的同意が必要である。

2  同意の欠缺

債務者は、本件出向命令をなすに際し、債権者らの個別的同意を得ていないから、本件出向命令は無効である。

3  手続違背

定年協定上、五四歳に達すると原則出向とされているが、その趣旨は、全員出向を意味するものではなく、定年協定に基づく出向の実施に際しては、(1)その実施時期等の具体的取扱いについて、年度初めまでに明らかにすること、(2)特別意思表示期間を設けて、早期退職者の申し出と併せて進路希望の聴取をすること、が確認事項とされていたにもかかわらず、債務者は、理不尽な出向強要に終始し、右手続をいずれも履践していない。

また、債務者は、本件出向命令に関する事前の団体交渉の申入れ(国労東海本部において三月四日、新幹線支部において三月七日と四月一一日申入れ)にも応じようとせず、不誠実な態度をとり続けたうえ、本件出向命令をなすに至ったものであって、定年協定の趣旨を踏みにじっているばかりか、債務者と国労の間の「出向に関して問題が生じた場合は、会社と組合は協議して問題の解決に努める。」旨の覚え書の義務にも反している。

したがって、本件出向命令には、重大な手続違背があり無効である。

4  人事権の濫用

定年協定上、五四歳に達すると原則出向とされているものの、全員出向を意味するものではないから、出向命令には、合理的な理由が必要であるが、債務者の経営状態は順調に向上しており、五四歳以上の者を一律に出向させなければならないような業務上・経営上の必要性はない。

本件出向命令は、出向対象者の人選や出向先の選択等が合理的な基準に基づいて適正な手続により行われたものでなく、出向先の労働条件を明らかにするよう求めた者に対する報復ないし見せしめのため、加害的意図でなされたものである。

債権者らが本件出向命令により受ける不利益は、別紙「主張対比表」の債権者ら主張のとおり深刻である。

債務者は、六〇歳定年制を形骸化しないため、出向を可及的に避け、しからずとしても、出向者に不利益とならないような出向先を確保すべきであるにもかかわらず、これを怠っている。

加えて、債務者は、労使交渉において、出向対象者の希望を十分聞き、納得の得られる扱いをする旨約しながら、本件出向命令に際し要求される手続を全く履践せず、「素直に応じないものは最悪の職場に回す。」といった姑息な手段で出向の打診をし、強要している。

したがって、本件出向命令は、人事権の濫用であって無効である。

三  債務者の主張

1  債権者らが債務者に採用されるに際し、包括的に同意した就業規則(二八条)により、債務者は、債権者らの個別的な同意を得ることなく出向を命じることができる。

因に、本件出向命令は、社員としての身分を保有したまま出向先の勤務を命じるものであって、いわゆる在籍出向である。

2  債務者と国労は、債権者ら主張のとおり、定年協定を締結した。

債務者は、右協定に基づき、「社員の定年は六〇歳とする。」(四五条一項)、「六〇歳定年の実施に伴う在職条件等に関する事項は定年規程の定めるところによる。」(同条二項)旨の就業規則、「五四歳に達した日以降の人事運用については原則として出向するものとする。」(二条)旨の定年規程を定めた。

したがって、債務者は、債権者らの個別的な同意を得ることなく出向を命じることができる。

3  債権者らは、本件出向命令により不利益を受けるというが、労働条件等は別紙「主張対比表」の債務者主張のとおりであって、なんの不利益もない。

4  債務者は、人事権行使の一環として、適正な手続をふんだうえ本件出向命令をなしており、債権者らがいうような手続違背も人事権の濫用もない。

5  本件出向命令は、債務者が、年齢構成の適正化、技術上の必要性等から、会社発足以来平成三年まで長年採用していなかった新規高卒者を継続的に採用し始めたため、要員需給状況に余裕が生じてきたところ、出向先の確保が可能となったためなされたものである。

6  したがって、本件出向命令は、いかなる意味においても無効ではない。

四  債権者らの主張補足

1  本件出向命令は、既述のとおり著しく債権者らに不利益なものであって、採用時の包括的同意の範囲には含まれていないというべきであるから、採用時の就業規則に依拠して、債権者らの個別的同意が不要であるとはいえない。

2  労働協約は、特別の授権がない限り、根本的な労働条件の変更に関して個々の労働者の個別的同意の必要性を排する効力を有するものではないというべきであるから、定年協定に依拠して、債権者らの個別的同意が不要であるとはいえない。

3  債務者の発足当時の就業規則では、社員の定年を六〇歳と定めてはいたが、同就業規則附則により当面は五五歳をもって定年とすると定められ、事実上五五歳定年制がとられていた。ところが、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律により六〇歳以上の定年が義務づけられることになったところから、債務者においても六〇歳定年制を実施する必要に迫られ、平成二年、各労働組合との間で、六〇歳定年制の実施に伴う在職条件につき協議をし、国労との間においても、同年三月二八日、定年協定を締結した。

定年協定に基づく出向は、業務上の必要性に基づく出向と異なり、事実上五四歳以上の者を職場から排斥することになるものであって、定年を六〇歳と定める就業規則(二六条一項)に実質上反し、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の精神を没却し、潜脱するものである。したがって、定年協定は、債権者らの個別的同意を欠く出向命令を容認したものと解すべきではなく、仮に容認したものだとすれば、そのような協定は、労働組合法一条、民法六二五条に反し、無効である。

現にこれまで、債務者は、車両所や保線・電気関係の職場においては、本人の同意を得て、また、車掌所、駅及び運転所においては、本人の希望に基づき、出向させてきたものである(前者の出向先は、従来の国鉄が直営していた部門を独立して設立した会社であって、業務内容において関連性が強い職種である)。

このように、本件出向命令は、六五歳まで雇用の確保をめざして法律が整備されつつある時代の要請に逆行するものであり、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の精神を根本から踏みにじるものである。

五  本件の争点

1  本件出向命令をなすには、債権者らの個別的同意が必要であったか。

採用時の包括的同意で足りるか(争点1)。

定年協定ないしそれに基づく就業規則等の改定により、債権者らの個別的同意が不要となったか(争点2)。

2  本件出向命令は手続違背により無効か(争点3)。

3  本件出向命令は人事権の濫用であって無効か(争点4)。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

債務者は、債権者らが採用時に包括的に同意しているから、個別的同意は不要である旨主張する。

しかしながら、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者らが包括的に同意したのは、採用時の就業規則・出向規程による出向であって、復職を前提とするものであり、本件出向命令のように、定年退職時まで復職を認めないというようなものまでをも含む趣旨であったとはいい難い。債権者らが採用された当時、債務者が本件出向命令の根拠として強調する定年協定等はなく、債権者らにおいて、定年に絡み、原則的に出向させられることがあるとは考えていなかったはずである。むしろ、就業規則では六〇歳をもって定年と定められ、同就業規則附則により当面は五五歳をもって定年とするとされていたのであるから、原則出向による定年延長ではなく、なんの留保もない原則(六〇歳定年)の実施を期待していたとみるべきであろう。この間の経緯は、定年協定締結の際の労使間のやり取り等(<証拠略>)に照らしても明らかである。

そうすると、採用時の就業規則に依拠して、債権者らの個別的同意が不要であるとはいい難いから、債務者の右主張は採り得ない。

二  争点2について

債務者は、国労との間において締結された定年協定より、個別的同意は不要である旨主張する。

ところで、債権者らは、労働協約は、特別の授権がない限り、根本的な労働条件の変更に関して個々の労働者の個別的同意の必要性を排する効力を有するものではない旨主張するが、労働協約は、労働組合が組合員の意見を公正に代表して締結したと認められる限り、たとえ従前の労働条件を切り下げる内容のものであっても、およそそれが協約自治の限界を超えるようなものでない限り、換言すれば、既得権の放棄など特定の労働者に著しい不利益を強いるものでない限り、いわゆる規範的効力を有するものと解するのが相当である。労働協約に規範的効力が認められる所以は、労働者の団結権と集団的規制力ないし統制力に期待しこれを尊重することによって労働条件の統一的な引き上げを図ろうとするところにあるから、多数決原理が支配するのは理の当然であって、それ故にその効力を限定的に解すべきではない。

これを本件についてみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)債務者は、就業規則により六〇歳をもって定年と定めていたが、国鉄再建監理委員会の答申に沿ってやむなくかなりの余剰人員を抱えて発足したため(この間の事情は多言を要すまい。)、就業規則附則により当面五五歳をもって定年と定めていたこと、(2)そこで、債務者は、退職年金支給年齢が五五歳から六〇歳に引き上げられたこともあって、民間企業の状況等に鑑み、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の趣旨を尊重して六〇歳定年を確保すべく、各労働組合と交渉し、定年協定を締結したこと、(3)右協定によると、「五四歳に達した日以降の人事運用については、原則として出向するものとする。」とされているが、労働者は、出向の途を選ばず、従来の就業規則に従って五五歳で退職し、また、一定の条件のもとで退職手当ての割増しを受け取ることも可能であったこと、(4)いうまでもなく、国労は、いわゆる御用組合ではなく、労働者の利益を向上させるべく組合内部で討議を重ね、債務者と交渉し定年協定を締結したものであること、(5)因みに、国労に先立ち、他の組合も全てほぼ同内容の協約を締結していること、が一応認められる(<証拠略>)。

右事実によると、定年協定は、債権者らが属する労働組合が組合員の意見を公正に代表して締結したと認められるところ、その内容も、原則出向という不満は残るにせよ、それは今後の課題であって、少なくとも「当面五五歳」とされていた定年を「六〇歳」まで引き上げたものであり、総合的にみると、労働者に不利益な内容のものではなく(これを債権者らについてみると、定年協定が締結されていない場合、債権者新谷と木下は、既に定年退職となっており、出向の余地も退職手当ての割増しを受けられる余地もなかったものであり、債権者金谷も、一年後には同じ運命にあった。)、協約自治の限界を超えるようなものではないから、債務者主張のとおり、定年協定には規範的効力があるというべきである。

また、債権者らは、定年協定は個別的同意を欠く出向命令を容認したものではなく、そう解されるとすれば無効である旨主張するが、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、定年協定が労働者の個別的合意を要求するものでないことは明らかである。この点は、国労作成の諸文書からも窺い知れよう(<証拠略>)。それ故、国労は、協定の締結直後から、より一層の改善を求め、新たな取組みの必要性を説いていたのである。なお、そう解することにより定年協定が無効になるものではないことは、前記認定(1)ないし(5)の事実に照らし明らかである。因みに、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律案要綱」(<証拠略>)は、平成一〇年四月一日以降六〇歳定年制を強行法規化しているが、いまだ法案は成立していない。

そうすると、定年協定及びそれに基づく就業規則・定年規程に依拠して、債権者らの個別的同意が不要であるとする債務者の主張には理由がある。債権者らの指摘する問題の根本的解決は、定年協定の改定に俟つほかない。

もっとも、定年協定は、既述のとおり労働者に不利益なものではなく、むしろ五五歳定年を延長し、利益をもたらしたものではあるが、定年延長は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律によって債務者に課せられた努力義務であり、緊要な社会的要請であって、単に恩恵的なものではないから、六〇歳定年制を形骸化するような定年協定の運用は許されない。出向対象者を事実上退職に追込むような出向先への出向や差別的な出向対象者の人選・出向先の選択は、定年協定の趣旨に悖るものである。この理は、他企業の定年延長についての取組みからも(<証拠略>)、また、債務者が国労に対し、定年協定締結の過程において、「(出向に関しては)人事一般で対応することになるが、六〇歳までの雇用の場を確保するという立場にあるので、退職を強要するようなことはしない。」として、結果的に退職に追込むような人事運用はしない旨約している(<証拠略>)ことからも裏付けられよう。

三  争点3について

1  債権者らは、債務者が、定年協定締結の際になされた議事録確認事項を遵守していない旨主張する。

しかしながら、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者ら主張の議事録確認事項は、「会社として、要員需給状況を予め把握しておく必要があり、特別意思表示期間を設定し、早期退職者の申し出とあわせて本人の進路希望を聞くつもりである。実施時期等、具体的取り扱いは年度初めに明らかにすることとしたい。」というものであるところ、右にいう「特別意思表示期間」は、措辞適切を欠くものの、専ら早期退職者の申し出を行うための期間であり、出向に関する希望を調査・確認するために特別に設定されるべきものではない。

そうすると、債務者は、本件出向命令までに、特別意思表示期間については、平成二年三月二九日、「定年前早期退職申し出期間について」(<証拠略>)により各組合に対し説明し、従業員に対しては、平成二年三月三一日付けの「定年前早期退職申し出期間について」(<証拠略>)及び同日付けの「定年前早期退職申し出について」(<証拠略>)により、定年前の早期退職申出期間が毎年四月一日から八月三一日までであることを周知徹底させ、また、進路希望については、毎年、年度初めに全従業員を対象に調査表(<証拠略>)を提出させているものと一応認められるから、債務者に確認事項違反はないというべきである。

2  債権者らは、債務者が、「出向に関して問題が生じた場合は、会社と組合は協議して問題の解決に努める。」旨の覚え書の義務に反している旨主張する。

しかしながら、確かに、債務者と国労との間には、債権者ら主張の覚え書(<証拠略>)が交わされており、その趣旨に沿って、国労から債務者に対し、本件出向命令に関する申入れ(国労東海本部において平成六年三月四日、新幹線支部において同年三月七日と四月一一日申入れ)がなされてはいるが、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、(1)三月四日の申入れ(<証拠略>)に対しては、債務者と国労の幹事の話合いにより、東京地区(新幹線鉄道事業本部)で対応することになったこと、(2)三月七日の申入れ(<証拠略>)及び四月一一日の申入れ(<証拠略>)に対しては、債務者から国労に対し、基本的要求事項については本社と本部間で、具体的要求事項については双方の幹事間で調整するとの意向が伝えられていたところ、同年四月末頃になって、国労から、協議の場の設定が要請されたため、同年五月一七日、業務委員会が開かれ、しかる後、同年五月一八日、本件出向命令がなされたこと(<証拠略>)、が一応認められるから、労使間の協議が不十分で、覚え書の趣旨が十分尊重されたとはいえないにしても、債務者の対応において、その効力を否定せざるを得ないような著しい義務違反があったとはいい難い。

四  争点4について

1  債権者らは、本件出向命令は人事権の濫用であって無効である旨主張する。

既述のとおり、定年協定によると、五四歳に達した者は原則出向とされているが、定年協定は、出向という手段によって定年の延長を図ろうとしたものであるから、定年協定の趣旨に照らしても、また、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律等の精神に照らしても、恣意的な出向命令は許されるべきではなく、出向を命じるについては、(1)それ相当の業務上の必要性があること、(2)出向先の労働条件が出向者を事実上退職に追込むようなことになるものではないこと、(3)出向対象者の人選・出向先の選択等が差別的なものでないこと、を要するものと解すべきであり、これらの要件を欠く出向命令は、人事権の濫用として無効というべきである。

この点について、債権者らは、合理的な規準や適正な手続の履践が必要である旨主張しているが、定年協定は、文理上、債務者の人事権行使についてなんらの制約も加えておらず、その締結経緯に照らしても、いみじくも国労作成の文書が指摘しているように、「現職に残すか出向に出すか、どの職種に出すか、どの会社に出向に出すのか等会社の人事権がひろく認められ(ている。)」(<証拠略>)から、債権者らが主張するような要件までもが要求されているとは認め難い。

これをまず、(1)の点についてみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債務者においては、わが国の労働慣行である終身雇用制を全うすべく、出向という形態でなく、無条件に六〇歳定年制を実施する努力が望まれるところではあるが、債務者は、既述のとおり国鉄再建監理委員会の答申により、やむなくかなりの余剰人員を抱えて発足した会社であって、国鉄時代を含めると九年間の長期間にわたり新規高卒者を採用し得なかったものであるところ、新しい人材の採用は企業の発展・存続に不可欠であるから、これを可能ならしめるための出向はやむを得ないところである。したがって、本件出向命令には、それ相当の業務上の必要性があるといってよい。

次に、(2)の点についてみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、出向による労働条件の変化は、別紙「主張対比表」の債務者主張のとおりである(<証拠略>、少なくとも、債務者は、前例はともかく、主張の労働条件を保障しているはずである。)ところ、給与面では、従前の条件や他の出向先の条件に比して容認できないものではないものの、休日数は大幅に減少するし、とりわけ作業内容の面をみると、債権者新谷や木下の作業は、約二十数分間に、車輌のゴミ回収、床面のモップ掛け、トイレ掃除等を行うというものであって、これまでの車掌業務とは全く異種の仕事であり、腰痛等の持病を持つ者にとっては、従前の作業に比してかなり肉体的・生理的に負担が多く、場合によっては退職も考えざるを得ないものであること、また、債権者金谷の作業も、コンコースのモップ掛け、ホームの清掃(トイレ掃除、ガム剥がし、汚物処理)であって、これまでの改札業務等とは全く異種の仕事であるうえ、週三回の徹夜勤務が連続して組まれており、これもまた腰痛等の持病を持つ者にとっては、従前の作業に比してかなり肉体的・精神的に負担が多く、場合によっては退職も考えざるを得ないものであること、が一応認められる(<証拠略>)。

右事実によると、債権者らの出向先の作業は、腰痛等の持病を持つ者にとっては、退職をも考えざるを得ないものであって、事実上出向者を退職に追込む余地のあるものであるところ、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者新谷と金谷は、腰痛の持病(前者は、変形性脊椎症・腰椎々間板症、後者は、椎間板ヘルニア)を持ち、債権者新谷においてはコルセットを常用せざるを得ない状況にあるものであり、また、債権者金谷においては、入院を余儀なくされた病歴があって、完治しておらず、増悪する危険性も否定できない状況にあるものであり、いずれも出向を命じられれば退職に追込まれるおそれがあるものと一応認められる(<証拠略>)。債権者新谷や金谷は、健康状態に問題がないかの如き言動を時にはしているが、健康不良を理由に不利な扱いをされるのを慮ったものとみるべきであろう。本件における債権者ら本人やその妻の訴えには切実なものがある。現に、債権者新谷は、コルセットを常用し、保険請求の関係で、債務者に対し三回にわたって腰痛の持病がある旨の診断書を提出しているのであって、毎年全従業員に対しなされている調査表(<証拠略>)による一般的な調査ではなく、出向先の選別を意識した健康状態の調査がなされておれば、別異の言動がなされたはずである。

そうすると、債権者新谷及び金谷に関する本件出向命令は、前記要件を欠くから、人事権の濫用として無効というべきである。

因みに、債務者において、本件出向命令をなすに際し、債権者新谷についてはともかく、債権者金谷については、その病状を全く認識していなかった可能性はあるが、出向対象者を事実上退職に追込むことになるような人事は許されないから、債務者としては、そのような事態が生じないよう出向対象者の個別的事情とりわけ健康状態等について十分調査のうえ出向命令をなすべきところ、債務者において、然るべき措置をとっていたとはいい難い(債務者において、出向先の労働条件を具体的に明示したうえ、債権者らの健康状態を問いただすなど、適切な調査をした形跡はない)。したがって、債務者が債権者新谷や金谷の病状を認識していなかったといって、そのこと故に出向命令が有効と解されるべきではない。

なお、債権者木下も、長年車掌であることに誇りを持ってきたものであって、出向先の作業には精神的にも肉体的にも耐えられない旨主張するが、債権者らの出向先は、旅客サービスの提供という債務者の事業にとっていわば裏方ではあるが、必要不可欠なものであるうえ、債務者主張のとおり、サービックでは、高年齢者も女性も働いており、一般的にみて不適格な出向先であるわけではなく、労働条件の低下はあるにせよ、債権者木下については、その健康状態に問題がなく、出向を命じられれば精神的にも肉体的にも退職に追込(ママ)れるおそれがあるとは認め難い。

そこで次に、債権者木下の関係で、(3)の点についてみるに、疎明資料及び審尋の全趣旨によると、本件出向命令は、以下のような経緯を経てなされたものと一応認められる(<証拠略>)。

(1) 一般的経緯について

<1> 平成六年二月一日時点において、債務者の運輸系統職場に在職する従業員で同年四月一日までに五四歳以上になる出向対象者数は、同年二月一日時点において、米原駅四名、京都駅四名(一名死亡)、新大阪駅一二名、大阪事業管理所一名、大阪車掌所二七名、大阪運転所三〇名(一名は専従休職)の合計七八名であった。

<2> 第一回の面談が、同年二月二二日から三月一日までの間に行われ、債務者は、次の点を決定した。

ⅰ 米原に自宅のある二名の従業員は、名古屋地区の出向先会社である株式会社東海交通事業に出向する。

ⅱ 大阪運転所においては、要員需給が窮屈であるため、五八歳以上の運転士七名と事務系の二名を出向対象者とする(したがって、二一名が出向対象者から外された)。

ⅲ 病欠を繰り返している七名と退職予定者二名を出向対象者から除外する。

<3> その結果、同年三月一日の時点において、出向対象者で未定者は、米原駅一名、京都駅二名、新大阪駅一〇名、大阪事業管理所一名、大阪車掌所二四名、大阪運転所九名の合計四七名となった。

<4> 第二回の面談が、同年三月二日から三月一四日までの間に行われたが、SPS(パッセンジャーズサービス)及びJKK(関西開発)の二社に希望が集中したため、第二ないし第三の希望を聞くことになり、同年三月一六日、一七日にそのための面談が行われた。

<5> そして、債務者は、同年三月一八日、以上の面談結果をふまえ、SPS(パッセンジャーズサービス)へ三名、社団法人静岡県観光協会へ一名、サービック(債権者らの出向先)を含む九社へ二八名の出向者を内定した。この時点において出向未定者は一五名となったが、サービック以外の出向先は受入枠が概ね一杯になったため、受入枠の拡大と新たな出向先の開拓が図られた。

<6> その後、引き続き面談が実施され、サービック(「おしぼり配送」)へ六名が内定し、同年四月七日、通知がされた。この時点において出向未定者は九名となった。

<7> そして更に、同年四月下旬、JKK(関西開発)へ二名、株式会社Jダイナー東海へ一名、サービック(「駅舎清掃」「車輌清掃」)に債権者ら三名を含む六名が内定した。

<8> 以上を表にまとめると、別紙「運輸系統社員の会社別内定時期について」(略)記載のとおりである。

<9> サービックの労働条件と他の出向先の労働条件の比較は、別紙「出向先の労働条件」記載のとおりである。

<10> なお、出向者と所属組合の関係は、別紙「(株)関西新幹線サービックの出向社員状況」(略)記載のとおりである。

<11> なお、出向先会社のうちには、たとえばパソコンを使える者を事務系統社員を受け入れたいと要請する場合等もあり、債務者において、出向先の意向と無関係に出向を決められない面もあった。

(2) 債権者木下について

<1> 平成六年二月二四日、木下は、債務者の担当者から、出向の打診を受け、「突然の話でびっくりしている。出向先の労働条件、協約は分からないのか。」といい、債務者の担当者が、「話が進めば示すことができると思います。希望がなければ、定年協定に従って会社の方で出向先を決めることになります。どこか希望がありますか。」というと、「現行そのようなことにはなっていないはずや。」などといい、出向先の労働条件等を掲示等により明らかにすべきである旨要求した。なお、木下は、健康状態について、尋ねられたが、健康であると答えている。

<2> 同年三月四日、木下は、債務者の担当者から、出向の話をされたが、後日要望書を提出するといって退席した。

<3> 同年三月一一日、木下は、債務者の担当者に対し、要望書(<証拠略>)を提出した。要望書の内容は、出向先として、「ⅰ最低年間労働時間及び休日の日数が同一であること、ⅱ日勤勤務が基本であること、ⅲ超過勤務手当等の調整がなくても、年収が下がらないこと」等を要望するとともに、出向先の労働条件を書面で明らかにするよう求めた。

<4> 同年三月一七日、木下は、債務者の担当者に対し、出向先について、京都、大阪の通勤可能地で、「収入の保証があればよい。泊りがよい。年収が減るのがかなわない。現在の収入より少ない所は困る。」と希望を述べた。

<5> 同年四月一日、木下は、債務者の担当者から、サービックのおしぼり配送を打診され、賃金はいままでどおりだが、手当てがなくなるといわれると、「特勤手当のある会社があるはずや。」といい、債務者の担当者から、残りは「駅掃ばかりになる。」といわれると、「サービックはかなわない。駅手になるつもりはない。」といって拒否した。

<6> 同年四月二一日、木下は、債務者の担当者に対し、年収の下がらない所なら行くとの申入れをしたが、そのような会社はないとして、サービックへの出向内定を伝えられた。

<7> 同年四月二八日、木下は、債務者の担当者に対し、年収の下がらない所なら行くとの申入れをしたが、そのような会社はないとして、サービックへの出向について理解を求められると、「今さら駅の清掃はかなわん。」といって拒否した。

<8> 同年五月一二日、木下が、債務者の担当者に対し、サービックへの出向拒否を伝えたところ、承諾の有無にかかわらず出向してもらう旨通告された。

<9> 同年五月一三日、木下は、債務者の担当者から、出向予定についての説明書を読み上げられ、サービックの業務内容について説明されたが、右書面を受け取らず退席した。

<10> 同年五月一五日、木下は、債務者の担当者に対し、Jダイナーかキヨスクなら出向に応じてもよいとの(ママ)申入れたが、既に出向予定者が決まってしまっているとして断られた。

右事実によると、債権者らの出向先のサービックは、債務者の労働条件に比しても、また、他の出向先に比しても、労働条件が相当異なっており、最も不人気な出向先であって、債権者木下にとって不満足な出向先であることは否めないが、債権者木下が出向対象者に選ばれるに至ったのは、債権者木下において年収に拘っていたため、その希望を叶え得るような出向先が確保できなかったからであって、あえて当初から、債権者木下をサービックに出向させようと画策していたわけではない。他の出向先が決まってしまったため、自動的に出向先がサービックに決まったというにほかならないから、債権者木下の対応次第では、他の出向先が選ばれる余地もあったはずである。債権者らは、いわゆる国労いじめの差別的人事であり、また、出向の労働条件を明らかにするよう求めた者に対する報復ないし見せしめ的人事であるというが、そういい切るのは無理である。

以上によると、本件出向命令が、差別的で、報復ないし見せしめ的人事であるとの主張は採り得ない。

2  そうすると、本件出向命令は、債権者新谷及び金谷の関係では人事権の濫用として無効であるが、債権者木下の関係では有効というべきである。

五  保全の必要性について

疎明資料及び審尋の全趣旨によると、本件出向命令の執行の停止が認められないと、債権者新谷及び金谷において、労働条件の変更により、回復が困難な不利益を受けることになるものと一応認められるから、保全の必要性は肯定できる。

六  結語

以上の次第で、本件申立ては、債権者新谷及び金谷の関係ではいずれも理由があるからこれを認容することとし(事案の性質上、担保を立てさせない。)、債権者木下の関係では理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤嘉彦 裁判官 小見山進 裁判官 田中昌利)

出向先会社の労働条件 作成 国労新幹線支部

<省略>

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